俳句になるやならざるや(三) ― 2007年10月21日 17時47分09秒
今年の黄金週間は四日休んで、一日出勤し、また四日休めた。五月締め切りの原稿の準備、自分の句集の原稿整理くらいはしなければと思っていたが、結局どちらもできず仕舞いだった。遠出もできなかったので、隣の飛鳥山公園とか、古河庭園を何度か散策した。飛鳥山公園は桜時期もそうだが、どうも埃が多くすきになれないが、一角にある澁澤栄一の旧居は緑も濃く、地面が舗装していないので、気に入っている。また、古河庭園の方は薔薇の時期にはまだ少し間があったが、かなりの人出があった。ここの池にはたくさんの大きな亀と、もっとたくさんの鯉が泳いでいる。私は薔薇よりも亀が好きだ。
「静かな場所」創刊第二号。副題に「田中裕明研究と作品」とある。田中裕明が亡くなったのは、平成一六年一二月三十日でだった。あまりに早い死を惜しみ、森賀まりさんを代表にして、創刊された同人誌が「静かな場所」ある。 私は田中裕明とは、何度か会い、ほんの一、二回回句会をともにした程度の間柄である。私は田中裕明と同時代に俳句を書いてきて、句集も何冊かいただいてはいるが、熱心な読者ではなかった。病んでいるということも知らなかったために、またどこかでお会いすることもあろうなどと高をくくっているうちに、亡くなってしまた。私はまだ熊本にいて新聞の訃報欄を読んで驚くばかりだった。
今号では第一句集の『山信』時代の田中裕明を特集している。昭和五十二年十八歳から二十歳の時代である。
ひぢ伸ばし冰提げ来る男かな
水眼鏡とらず少年走り去る
春山にかこまれて立つ男かな
濯ぎものたまりて山に毛蟲満つ
初めてのまちゆつくりと寒椿
「静かな場所」に転載されている句から拾った。「青」に入会してからそれほど時間がたっていない。最初の三句は一物であり、男と少年の形容である。次の二句は二物で拵えており、効果的な配合がなされている。「寒椿」の句は町の景色として読めるが、「毛虫」のほうは「たまる」と「満つ」で比例関係を表しているような句である。いずれの形にしても、言葉をきちんと使っており書きなぐった感じがしない。私は残念ながら十代の頃は俳句を書いていないが、自分の句と比べるのが恥ずかしいくらいの言葉使いである。
『花間一壷』から
軒しづくごしに鞍馬の夏柳
大き鳥さみだれうををくはへ飛ぶ
読んだ形跡がなかったため、読んでみた。『花間一壷』は二十代前半の句である。『山信』の頃よりさらっと読めてしまう。一度読んでとったのが右の二句。どちらも一物である。「さみだれうををくはへ」というかな表記で読み返しているうちに面白くなった。表記によって読む人を立ち止まらせているのかもしれない。さらっと読んでいると二物の句も一物風に読めてしまい、つまらない。もうちょっと切れを意識しながら読むと二物の面白いのもある。
水取の空のあかるむ煙草盆
分銅屋の煙突ならむ桃の花
浮寝鳥石段の端見えてをり
『櫻姫譚』から
西行忌あふはねむたきひとばかり
冬景色なり何人で見てゐても
茸山に唯ならぬ顔わけ入りぬ
八重櫻氷の溶けし水つめた
法善寺横丁秋の簾押す
竹葉降る体内にまだ石を持つ
鮎の魚籠つよきみどりのまじりけり
いつ頃読んだかは不明だが、付箋が張ってあったものを引いた。『櫻姫譚』は平成四年出版。あとがきにあるが、波多野爽波は平成三年に他界している。裕明二十六歳から三十歳までの句集であり、生前の爽波選を経ている句と思われる。私家版の『山信』をのぞけば三十歳そこそこで二句集である。当時はこの年代のトップランナーだったのだろう。
『花間一壺』より、私の喉に引っ掛かる句も増えて来ている。逆にそういった句が増えるとつまらないと思う読者も増えたかもしれない。
『夜の客人』から
次男坊遠くへゆけりなづな粥
隼を見しことつげよ五月鯉
家よりも外の明るき茄子の馬
苅田にて小さきうつはで茶を呑みぬ
字を書いて消して港の日短か
さびしいぞ八十八夜の踏切は
泳ぐことベッドのうえでかんがえる
飯うまし弥生いろこき壬生菜漬
浮いてゐるだけが泳ぎかよくわからぬ
人の寄るところ鳥寄る雪解風
掘り来る春蘭のため家くらし
囀や椀の中なる明石焼
『夜の客人』は最後の句集であり、遺言のような句集である。『櫻姫譚』と『夜の客人』の間には『先生から手紙』があるが、手元にないため省略した。
どうも初期の田中裕明の句は私の好みに合わないが、最後になるとだいぶ共鳴してくる。若い頃から変わらぬ端正な言葉使いだが、「よくわからぬ」といった投げやった言葉が出てくる。諦めている訳ではないのだろうが、簡単に書いている。改めてこれから面白い句ができたただろうにと残念でならない。
六月にフランス堂から『田中裕明全句集』が刊行される予定なので、改めて読んでみよう。爽波と裕明の俳句の違いが気になるので、全句集を読んであらためんて考えたいと思う。
「静かな場所」同人作品より
蔓ものの花のわずかに秋日濃し 対中いずみ
そのへんの墓に当たりてくわりんの実 満田春日
忘年や並びて動く鶏の顔 山口昭男
紅芙蓉険しき顔になつてゐる 森賀まり
煮魚に骨のあとあり星月夜 中村夕衣
水鳥のわれより先に来てゐたり 和田悠
雷魚71号から
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